名古屋高等裁判所 昭和47年(行コ)7号 判決 1974年1月17日
控訴人 水谷繁男
被控訴人 熱田税務署長
訴訟代理人 長谷正二 外三名
主文
原判決を取消す。
被控訴人が昭和四五年八月八日控訴人の昭和四三年分所得金額を金七六八万一、五三〇円とした再更正処分のうち金二九七万九、七〇五円を超過する部分はこれを取消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 控訴人主張の請求原因1ないし4の事実ならびに被控訴人の主張(処分理由)のうち(一)の譲渡行為はいずれも当事者間に争いがない。
そこで、以下、当事者間の争いである乙物件の譲渡所得の帰属年度について判断する。
二 ところで、所得税法(昭和四〇年三月三一日法律第三三号)三六条一項は、収入金額は「収入すべき金額」による旨規定し、いわゆる権利確定主義を採用していると解されるので、乙物件の譲渡代金は乙物件の所有権が協和醗酵に移転したときに控訴人の「収入すべき金額」となり、控訴人のその年分における収入金額となるものである。
(一) しかして、乙物件が農地であれば、その所有権は農地法五条の知事の許可の時に協和醗酵に移転し、従つてまた乙物件の譲渡代金は控訴人のその年分における収入金額となるから、まず乙物件が農地であつたか否かについて検討するに、本件土地は登記簿上の地目は畑となつていたものの現況は非農地であつたと認められるもので、その理由は原判決理由に説示のとおりであるからこれを引用する。そうすると、乙物件の所有権を移転するについては理論上農地法五条の知事の許可を要しなかつたものであり、従つて、乙物件の所有権は、特段の事情のない限り、控訴人と協和醗酵との間に売買契約が締結された昭和四三年六月八日に移転するものであるから、乙物件が農地であることを前提にその所有権移転の時期および譲渡代金の帰属年度を昭和四四年であるとする控訴人の主張は理由がなく採用することができない。
(二) そこで次に、控訴人は、仮に本件土地が非農地であつたとしても、当事者としては乙物件の所有権移転については農地法五条の知事の許可のあつた昭和四四年二月一日とする約旨であつたから、乙物件の所有権は同日協和醗酵に移転したものであり、その譲渡代金は控訴人の同年分の収入金額となる旨主張するので検討する。
<証拠省略>によれば、控訴人は、昭和四五年一月頃着工予定の愛知県の住宅公社と共同で建築する鳴子第四併存住宅の建築資金を捻出するため、自己所有の本件土地を含む四筆の土地七五〇坪を売却することにしたものであるが、右資金を一時に入手する必要がなかつたので、税負担を軽くするため、右土地を一年度に一括して売却することはさけ、三回位に分けて順次売却しようと考え、その意向を話して昭和四三年二月頃中央信託銀行名古屋支店に右土地の売買斡旋方を依頼したところ、協和醗酵の方から、社宅用五階建鉄筋アパート建築用地として右土地七五〇坪のうち本件土地五〇〇坪を一括して買入れたいとの申入れがあり、一個の売買契約を締結する契約書の案(前掲<証拠省略>の別紙1)が示されたが、控訴人としては前記の如き事情から本件土地五〇〇坪を二年度に分けて売却したいと考え、右名古屋支店を介して協和醗酵と交渉し、地目が畑である本件土地の売買は農地法五条の知事の許可の時点が所有権移転の時期でありかつ課税の時期であると思料せられるところから、右土地七五〇坪を別添図面の如く分筆してそのうち五〇〇坪である本件土地を同図面のとおり甲乙物件に分け、売買契約は同時にするが右許可を受ける時期を違えることにして、昭和四三年六月二八日控訴人と協和醗酵との間に控訴人の希望に副つた<証拠省略>の契約書が作成されたこと、同契約書によれば、売買代金は甲乙両物件とも、一、七五〇万円とすること、農地法五条の許可は甲物件については昭和四三年に、乙物件については同四四年に受けること、代金の支払は各契約とも契約成立の日に手付金二七五万円を受領し、右許可申請手続をとつたときに内金四一二万五、〇〇〇円、右許可のあつた後所有権移転登記手続をする際に残金五八七万五、〇〇〇円を支払い、かつ、この時右手付金および内金は右代金に充当するとともに物件を引渡すこととの約旨となつており、なお、違約等の際における手付倍戻しおよび解除約款が付されていることが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の事実によると、控訴人としては乙物件の所有権移転の時期を甲物件とは別に昭和四四年とする考えであり、協和醗酵もこれを了解したうえ、農地法五条の知事の許可を同年に受けることにしたものであることが明らかであるから、本件土地は前記の如く非農地であつて理論上は農地法五条の知事の許可を要しないものではあつたが、本件売買契約の当事者の意思としては、乙物件の所有権を、右許可が形式上なされた昭和四四年二月一日に協和醗酵に移転したものと認められる。
<証拠省略>によれば、契約書第一〇条には控訴人は所有権移転請求権保全仮登記の設定後協和醗酵が本件土地上に適法な建築物を建築することを妨げずこの建築確認申請手続等については全面的に協力するものとするとの約定があつて、本件土地につき協和醗酵のため昭和四三年六月二九日受付同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされており、また<証拠省略>によれば、協和醗酵は六合建設株式会社に依頼して昭和四三年一〇月上旬頃本件土地の擁壁工事に着工し一か月位で右工事を完了したことが認められ、また、乙物件につき手付金二七五万円のほか昭和四三年一二月一二日に控訴人が協和醗酵から内金四一二万五、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないが、これらの事実があるからといつて、未だ前段認定をくつがえし、被控訴人主張の如く、乙物件の所有権は売買契約成立の日あるいは擁壁工事に着工した時期に協和醗酵に移転したものと認めることはできない。
右のとおりであるから、乙物件の譲渡代金は控訴人の昭和四四年分の収入金額となると認むべく、この点に関する控訴人の主張は理由があるというべきである。
(三) ところで、被控訴人は控訴人の右の如き所有権移転行為は租税回避行為であると主張するが、控訴人は前記認定の如き事情から甲物件と乙物件との所有権移転時期を分けたものであつて、それは私的自治としての合理的な経済目的からなされた私法上の行為として許されるところというべく、これを目して被控訴人主張の如く私法上許された法形式を乱用することによつて租税負担を不当に回避しまたは軽減することを図つたものとは認め難いので、これが課税負担の軽減をもたらすことを理由に否認することは許されないものと言うべきであるから、被控訴人の右主張は理由がなく採用することができない。
三、以上の次第で、乙物件の譲渡所得は控訴人の昭和四四年分の収入金額として課税すべきものであるところ、これを昭和四三年分の収入金額として課税した被控訴人の再更正決定はその限度で違法であるから、その取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
四 よつて、控訴人の請求を排斥した原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 西川豊長 寺本栄一)
図面<省略>